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愛がなければ視えない。多分。
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1月31日 /寺の子と教会の子~学園の朝~

 新都にある教会から深山町にある穂群原学園まで、原付を飛ばして三十分ほどかかる。
 冬木は未遠川を挟んで大きく二つのエリアに分けることが出来る。
 一方は私の住む教会がある新都。冬木駅もこちら側にあり、ここ数年駅前の開発が盛んである。教会のあるあたりは郊外なので実感はないが、ギルガメッシュ曰く新都の景色はがらりと変わった――そうである。
 バブル崩壊後のこのご時世、建設ラッシュは市の財政を圧迫しているのではないかとも思われるが――新都の都市開発は半ば必要に迫られたものであった。
 十年前。
 この街は大災害にみまわれた。
 その復興という意味も兼ね、忌まわしい記憶を払拭せんがため、新都は急速な都市化が進んだのである。


 ――あれの原因の一端は、私にもあるな。


 養父はにやにやしながらそんなことを云っていた。


 ――惜しいことをしたものだ。


 そして、意味ありげに私を見下ろした。
 どういう意味かと問うと、養父は無言で頭を振った。私の問いにまともに答えるわけがない。伝達される情報は常に一方的で、故に私はいつも養父を疑いの眼差しで見ていた。……ヤツにとって私の疑心暗鬼が何よりの娯楽だったという事実が甚だ不愉快だが。
 冬木大橋を渡ると、深山町と呼ばれるエリアに入る。
 こちらは専ら住宅街である。我が幼馴染の住むバケモノ屋敷――立派な洋館が建っている区画は戦前に外国人が多く居留した地域で、そこだけ切り取ったらヨーロッパと見紛う小洒落た街並みである。商店街を挟んで北側には、これまた古めかしい日本家屋が並ぶ。私としてはこちらの雰囲気の方が好みである。
 緩やかな坂道を一気に走り抜けると、とうとう我が学舎が見えてくる。
 徒歩通学の学生を悠々と追い抜き、校門前で原付を止めた。そこから校内の駐輪場まで押して行く。敷地内を走ると、生活指導の教諭がうるさい。学園の平穏を乱す行為など言語道断。私はまったくもって品行方正な学生なのである。
 革靴から上履きに履き替えて、私はまっすぐ生徒会室に向かった。


「おはよう、一成」
「――おお! 言峰。おはよう。いつもすまんな」


 むつかしい顔をして私を拝んだのは、穂群原学園生徒会長、柳洞一成。学園の裏にある柳洞寺という古刹の子である。顔が良く、頭が良く、人柄も良いという三拍子そろっているくせに、「云うことがむつかしい」「なんとなく近寄りがたい雰囲気」「何喋っていいのかわからない」などという不名誉な評価のせいで友だちが少ない。まあ、初対面で宗教談義をふっかけられたら誰だってドン引きである。
 尤も、それにマトモに付き合うことのできる私も彼の同類であると世間にみなされているのだろうが。


「これは?」


 私が無造作に置いた紙袋を一成が指差した。


「マーマレードジャムだ。うちの信者さんの手作りでな。方々に配っているのだが中々減らない。一成、甘いものは嫌いではなかったよな?」
「む。かようにハイカラな土産とは……さすがは教会の檀家。甘味ならばありがたく頂戴する。親父も兄も甘党だ」
「あァ、良かった。助かる」


 柳洞寺は修行僧もいるから大所帯だ。このくらい押し付けてもすぐに消費してくれるだろう。とても助かる。


「さてと、生徒会長殿。今日はどこから手を付けようか?」
「一年の教室に、ひとつ調子の悪いのがあってな。そこを早く直せと教官から苦情があった」
「教鞭をとる者ならば寒さくらい我慢しろと云いたいところだが」
「まあ、そう云うな。健康で文化的な最低限度の学校生活は、生徒会長として保障せねばなるまい」
「フム。良かろう。私で役の立つのならば、助力は惜しまんよ」
「頼もしいぞ、言峰。では早速参ろうか。善は急げと云うしな」


 一成の先導で生徒会室を出て階段を上がる。


「しかし驚いたな。あのストーブは天寿を全うされたと思っていたのだが……用務員さんにも直せぬものが、何故言峰には直せるのだ? 教会の慈善活動の一環でリサイクルでもしているのか?」
「それは電気屋の仕事だろう。無償でそこまでするほど暇ではないよ、私は」


 一成が生徒会長になってから、私はしばしば生徒会の雑用を押し付けら――手伝っている。主に備品の整備がその内容だ。学生が学校の生活環境の改善に関わることには私も賛成である。その分学費が安くなれば云うことはないのだが。


「これは……そうだな。どちらかといえば趣味に近い」
「日曜大工か?」
「そんな上等なものではないさ。精々、ガラクタいじりと云ったところだ」
「ご謙遜だな」


 失礼する、と云って一成は一年の教室の戸を開けた。
 わいわいとにぎやかだった教室が水を打ったように静まり返る。
 ――それもまあ、仕方のないことかもしれぬ。
 いきなり教室に天下の生徒会長とその右腕(一成談)が入ってきたのだから、何事かと思う方が自然である。いっせいに視線がこちらに向くが、気にしない。こういう待遇は私も一成も慣れている。


「教室のストーブが不調とは災難だったな」
「三年生に回すわけにも行くまい? 皆には事前に通達してあったからな。各自防寒の用意はあるだろう」
「そんなに寒ければ校庭を百周ほど走ってくれば良かろう。若いのだから」
「一年しか違わんが」
「気持ちの問題だ」


 軍手をはめてストーブの蓋を開け、中をのぞきこむ。


「あー」
「どうした、言峰?」
「これは軽症患者だ。五秒で直る」
「な、そんな簡単に」


 針金を引っ掛けると、バチンと良い音が響いて、ストーブのスイッチが入った。


「訂正。三秒で直る」
「ううむ。さすがだな」


 何故だか拍手がわいている。この学園の学生は本当にノリがよろしくて困る。


「では、次の患者のもとへ向かおうか」
「うむ。頼りにしているぞ、ブラックジャック」
「法外な診療報酬を要求するが、良いのかね?」
「む。それは困るな」


 一成と他愛ない会話をしつつ教室を出ると。


「――あ」
「お?」
「おっと」


 女子学生とぶつかりそうになった。


「あ、すっ、すみませ――ぁ、えと、お、おはようございます、言峰先輩っ」


 必死な様子でぺこりと頭を下げたのは。


「おはよう、間桐」
「ん……間桐……?」


 間桐桜だった。
 一成がああ、と得心したような声を上げる。


「間桐慎二のご親戚か?」


 いたいけな女子学生に向かって“ご親戚”とは何事だ。


「やつの妹だよ。桜と云う」
「おお、これは失敬。はじめまして、柳洞です」
「あ、あのっ、お会いできて光栄であります生徒会長閣下っ」
「落ち着け、間桐桜。一成は閣下をつけるほど偉くない」
「ぁ……あう……すみません……」


 真っ赤になってしょんぼりする姿はさながら小動物である。
 彼女との初対面は偶然――というか、我が校の弓道部主将、美綴綾子の気まぐれによるものだ。期待の新入部員間桐桜だどうだ可愛かろうフハハハと一方的に自慢されたのが去年の六月のこと――思えば既に知遇を得て半年以上になる。
 ――まあ。
 彼女と知り合うことが完全なる予定調和だったとしても、私は驚かないが。
 養父のにやにや笑いを思い出し、私は思わず舌打ちした。


「……っ、すみません、言峰先輩……」
「ああ、いや、すまない。君に対してではないのだ。少々、思い出しムカつきをしてしまってね」
「思い出し、むかつき……?」
「正しい日本語ではない。忘れたまえ」
「あ……はい。先輩がそうおっしゃるんでしたら……」


 桜は柔らかく微笑する。
 フム。こんな笑い方をするのか、この娘は。どこかのあかいあくまとは大違いだな。


「えー、ゴホン。言峰。間桐さんとはいったいどういうご関係かな?」
「見ていてわからんか。知人だ」
「……」


 一成が半眼で眼鏡を押し上げる。
 

「そこはその……恋仲とくるべきではないのか? 文脈的な意味で」
「私は神の愛を説く立場だぞ。男女の恋愛などよくわからん。神父は結婚できんしな」
「偏執的なストイシズムもまた宗教の堕落を招きかねんとは思うがな……妻帯坊主の息子の俺が云うのもお門違いかもしらんが」
「フムン。クリスマスと正月を違和感なく祝える国の国民なのだ、所帯を持つことなど許されて当然だろう。……いや、私が云っているのはだな、私の個人的意見にすぎない」


 一成と話し始めるといちいち話題が壮大になる。それがまた楽しいのだが。
 おや、と一成が腕を組む。


「カノジョなどいらんときたか。全国のカノジョいない男子を敵に回したな、言峰よ」
「誰もいらんとは云っとらん」
「……? そうなんですか……?」
「そうだ。私はよくわからんと云ったのであって――」
「じゃあ、わたし、名乗りをあげちゃってもご迷惑じゃありませんか……?」
「――え?」


 いまなんとおっしゃのでしょうかまとうさくらさん。


「……あ。すみません。やっぱり迷惑、ですよね……」
「おや、どうしたのだ、言峰? 目の焦点が合っていないようだが」
「……。間桐。年長者をからかうのも大概にしたまえ」
「? どうして言峰先輩は、わたしが先輩をからかっているなんて思うんですか?」


 ……。
 朝から何ときつい先制の右ストレートであろう。神様、私は何か悪いことをしたのでしょうか。


「その件については保留だ。以上」
「はい!」


 むう。何故そんなに嬉しそうなのか。
 桜は軽い足取りで教室に入って行った。


「生で貴重なものを見せてもらった。ありがたやありがたや」
「私を拝むのは止めろ、生徒会長閣下」


 まったく。見世物ではない。断じて。
 一成の背を押すようにして階段を上がる。二年の教室の並ぶ廊下を足早に歩いていると、


「あ」
「げ」
「……そのリアクションが非常に不本意だけれど、おはよう。言峰くん、柳洞くん」


 ――我が幼馴染と鉢合わせしてしまった。
 満面の笑みを浮かべて殺気を放ってくる。


「今日は早いのだな、遠坂」
「あら、わたしはいつも通りよ。それより言峰くんは今日も生徒会の雑用なの? ご苦労なことだわ」
「なに、貧乏暇なしというやつでね。性分なのだよ」
「教会の子と寺の子が仲良く生徒会活動なんて世も末ね」
「宗教戦争でもしろと云うのか? 遠坂は相変わらず物騒だな」
「……言峰、戦略的撤退も視野に……」
「丸聞こえよ、柳洞くん」
「……一成。先に行っていてくれ。ここは私が引き受けよう」
「それは明確に死亡フラグだな」
「私の屍を越えていけ、閣下」
「南無三」


 ありがとう一成。おまえが話のわかるやつで私はとても助かっているよ。


「――で。なんだ、凛」
「昼。屋上」
「それだけかね?」
「遅刻したら殺す」
「善処しよう」
「大事な話だって云ってるの!」
「理解している。だから最善を尽くすと云っている」
「……。あんた、ますますどっかの神父に似てきたわね」
「それは事実とは反するので訂正を求める」
「ちゃんと昼屋上に来たら考えてあげなくもないわ」
「……わかっているさ」


 まったくこのお嬢さんは。


「弁当はあるから購買で買わなくて良い。授業中は極力省エネモードでいることだ。……今日一日、長丁場になるからな」


 遠坂凛はきゅっと口を引き結ぶと。
 こくりと肯いた。
 ……やれやれ。
 まあ、不安になるなという方が無理か。
 私は凛の脇を通り過ぎ、先行する一成を追った。社会化室のストーブを直したところで時間切れになってしまったので、私と一成はやむなくホームルームに向かった。
 矢張り、なんとなく、自分のクラスは居心地の良いものだ。


「おはよー」
「おはよう」
「柳洞くんおはよー」
「あー言峰! またカイチョーと一緒だったのかよ!」


 がたっと椅子から立ち上がったのは、弓道着のままの間桐慎二である。


「おまえは書生さんか何かか?」
「ショセーサン?」


 ああ、そういや、こいつ帰国子女だったっけか……。
 間桐慎二は二年の二学期から穂群原に転入してきた。間桐桜とは兄妹だが、育った環境が全く違うせいか、ほとんどのひとが兄妹だとは知らない。あんな特徴的な名字であっても、だ。桜がおとなしい性格なので二年の間での認知度が低いせいもあるが。
 とはいえ、一成にはバレたわけである。当然ながら生徒会長殿は慎二に話を振った。


「間桐。きみの妹御に会ったぞ」
「ああ。桜に?」
「あのように可愛らしい妹御がいるのなら、さっさと紹介してくれれば良かったではないか。水臭いぞ」
「そうしたいのは山々だったけど、桜は極度のシャイだからねー」


 ……ふむ。そうきたか。


「しかし、兄妹別々に育ったというわけか? きみの家も随分と複雑なのだな」
「あははー。両親離婚してるからねー」
「おや。これは失礼した。余計なことを聞いてしまった」
「あー別に良いんだよ? 気にしてないし。僕はずっと母方の方で育てられたわけ。桜は父方が引き取った。ちょっと色々ゴタゴタがあってさ、僕だけこっち戻ってくることになったんだよね」
「……。何故、私を見る?」
「いや、言峰からなんかリアクションないのかなって」
「……」


 ……こいつ。
 まあ、よくできた話である。嘘をつかずに真実を巧妙に隠している、という感じだ。


「ないな」
「えー。そんなぁ。言峰はもっと僕に興味持つべき」
「ないな」


 色々ゴタゴタ、か。
 たしかに、一般人にはその内容を聞かせられまい。


 ――聖杯戦争。


 それは秘匿されるべき神秘である。
 間桐慎二が転校してきたのは、十中八九聖杯戦争絡みである。魔術師の家が、子息を国外で養育することなど珍しくはない。今回の聖杯戦争に合わせて、間桐慎二は冬木にやって来たのだ。


 ――はじめまして、コトミネ。
 ――君とは深い付き合いになりそうだね?


 最初から。
 私の“立場”を知っているような口ぶりだった。
 否。
 実際知っているのだろう。
 間桐は始まりの御三家のひとつ。聖杯戦争に関して二百年のノウハウがあるはずだった。
 言峰という姓。
 教会の神父見習い。
 それだけで、私の素性など容易に推測できよう。


「……これは一応、忠告なんだけどな?」
「……ありがたく受け取っておこう」


 間桐桜。
 間桐慎二。
 間桐家でマークすべきはこのふたり。
 慎二は小声で私に耳打ちした。


「……大変だね、監督役。僕、なにか手伝おうか……?」
「教会は中立だ」
「ふうん……? どの口が云うんだろうね?」
「私はマスターではない。前回の監督役のようなことは、しようと思ってもできない」
「ははっ! あれは実に茶番だった」
「……知っているのか?」
「前回の正確な記録を持っているのが自分たちだけとは思わないことだね」


 ――ああ。そうか。そういえば。
 間桐には大妖怪がいるんだったか。
 アレを語るときだけは、養父も苦々しい表情をしたものだった。


「……あんまり喋ると、御頭首に怒られるのではないのかね?」
「僕はきみを味方にしておく方が有利だと思っているから」
「教会は中立だ」
「ふふ。わかってるよ」


 云うだけ云うと、慎二はさっさと自分の席に戻って行った。私も気を取り直して自分の席に着く。
 本鈴が鳴った。


「みぃぃぃぃぃぃんなぁぁぁぁぁあああああ、おっはよおおおおぉぉおおおおおっ!!」


 今日も今日とて元気いっぱいな藤村大河教諭が教室に駆け込んだ。このひとはいつもギリギリにやって来る。
 日直のきりーつれーいというやる気のない声にもめげず、藤村教諭はにこにこと、


「今日も一日楽しく過ごしましょうっ!! 一時間目は教室移動だそうだから、きりきり移動するのよー!! わたしは一年生の授業をしてるけど、先生が恋しくなってのぞきに来ちゃ駄目だぞー?」
「「「はーい」」」


 ああ、なんという一体感。小学一年生並の素直な返事である。これだからうちのクラスは大好きだ。
 藤村教諭はすちゃっと片手を挙げると、来たときと同様すごいスピードで教室から去って行った。
 今日一日。
 とても長い一日になるだろうが。
 どうにか、元気に生きていけそうだ――。

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...言伝はこちらから。
金凛御礼SS四種類ございます。
(2013.1.3.更新)
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