聖ナル 聖ナル 聖ナルカナ
三ツニイマシテ ヒトツナル
神ノ御名ヲバ 朝マダキ
オキイデテコソ ホメマツレ
*
――成る程。聖杯はおまえを見定めたか。
――ならば私に悔いはない。おまえが出すべき答えとやらを、あの世でじっくり検分しようではないか。
最期まで巫山戯たヤツだった。
最期まで胸糞悪いヤツだった。
最期まで高慢な口調で、私のことを嘲笑った。
――光栄に思え、言峰士郎。おまえは聖杯に選ばれたのだ。
養父は時折冗談のように、私は既に死んでいるのだ、と云っていた。
冗談でなければ何だと云うのだ。言葉も交わせる、手を握ることもできる、立って歩いて拳の稽古をして私が作ってやった飯を食って――。
そんな普通の生活ができる人間を、どうして死んでいるなどと云えようか。
――存外、早く杯が満ちたな。私の役目もここまでということか。それが聖杯の意志ならば、私は喜んで受け入れよう。
ああ――。
なんだってんだ、クソ親父。
それが、九年間側にいてやった息子に対する最期の言葉かよ。
――言峰綺礼。貴様、死ぬのか。
いつの間にか。
寝台の傍らには、金髪赫眼の英霊が立っていた。
寝台に横たわった養父は、長年の相棒を視界に収めると気障な笑みを浮かべた。
――そのようだ。アーチャー、愚息を精々うまく使うことだ。それは、私などよりよほどおまえの好みだろう。
――そうだな。考えてやらんでもない。今までご苦労だったな、綺礼。
会話はそれだけだった。
黄金の残滓を払い、英霊は姿を消した。どこまでも薄情なヤツだ。
否。
大方、ひとりでめそめそしているのだろう。あいつは昔からそういうヤツだ。
――士郎。
養父が挙げた右手を。
半ば義務感に駆られて握り返した。
――復唱しろ。神は御霊なり。故に神を崇める者は、魂と真理をもって拝むべし。
それは。
ヨハネの福音書第四章第二十四節。
この破綻した異端神父の口から聞かされるには、あまりに相応しくない聖言。
それでも私は半ば義務感に駆られて、一言一句違わず復唱する。
――これでいい。これで、全ての預託令呪が継承された。
ひりつくような右腕の痛みも。
移譲された刻印から発する熱も。
必死に握り締めていた手から零れ落ちていくように失われる力に比べれば、余りに瑣末な変化であった。
――士郎。
養父は再度、私の名を呼んだ。
まるで譫言のようだった。
否、それが――。
真実譫言であれば、救いはあったのかもしれない。
――九年間、愉しかった。
そう、ただ一言呟いて。
言峰綺礼は眠るように息を引き取った。
「……馬鹿野郎」
養父の最期の言葉が真実だということは、私が一番良く識っていた。